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浦和地方裁判所 昭和50年(ワ)552号 判決

原告 高木實

右訴訟代理人弁護士 古山敬三

被告 細沼健一

右訴訟代理人弁護士 馬橋隆二

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、浦和地方法務局昭和四〇年一〇月一日受付第二八九九四号所有権移転請求権仮登記および同法務局昭和五〇年七月三〇日受付第三六六二二号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1  原告は昭和三八・九年ごろ訴外磯部留三郎から、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)ほか一筆合計三筆の土地を、所有者である訴外山崎圭助から買い入れることの仲介を依頼され、右売買について山崎の承諾を得たが、磯部は右各土地を買い入れることができなくなったので、原告は改めて昭和三九・四〇年ごろ山崎から右三筆の土地のうち本件土地を売買代金三〇〇万円で買い受けた。

2  原告はその後磯部に対し、売買代金三〇〇万円で、その手付金として金三〇万円を受領して本件土地を売り渡し、かつ、転売先をみつけたときは移転登記と代金決済をするにつき原告の承諾を得るとの条件で、昭和四〇年九月二八日、本件土地の登記済権利証、土地所有者山崎の印鑑証明書、委任状を交付しておいたところ、磯部は原告の承諾を得ることなく、本件土地につき浦和地方法務局昭和四〇年一〇月一日受付第二八九九四号同年九月三〇日売買予約を原因とする権利者布川保の所有権移転請求権仮登記(中間省略登記)を経由した。

3  その後、布川保(原告は、訴状ではこの譲渡者を「磯部」と主張したが、昭和五〇年一二月二二日付請求の趣旨および原因変更申立書によれば、「布川」と記載されている。)は昭和四一年一一月一日、前記仮登記権利を訴外細沼徳次郎に譲渡し、同法務局昭和四一年一二月九日受付第四二四六一号をもってその旨の付記登記をし、細沼徳次郎は昭和四八年六月二六日右仮登記権利を被告に譲渡し、同法務局昭和四八年六月二九日受付第四〇九六六号をもってその旨の付記登記をした。更に被告は同法務局昭和五〇年七月三〇日受付第三六六二二号同年六月三〇日売買を原因とする権利者被告名義の所有権移転本登記を経由した。

4  しかしながら、山崎と布川間の仮登記は、中間者である原告の承諾なしになされた中間省略登記であるから、無効のものであり、したがって、右仮登記を前提とした細沼徳次郎の前記仮登記、被告の前記仮登記および所有権移転登記もまた効力のないものである。

5  原告は中間取得者として前記各登記の抹消を求める正当な利益を有するものであるから、請求の趣旨記載の判決を求める。

二、請求の原因に対する認否

請求原因1のうち、本件土地がもと山崎の所有であったことは認めるが、その余は否認する。

同2のうち、原告主張の仮登記の存在することは認めるが、原告の承諾を得なかったことは不知、その余は否認する。

同3は認める。(ただし、譲渡者「布川」と訂正主張されたことに被告は異議を提出せず、かつ、訂正の結果につき明らかに争わない。)

同4および5は争う。

三、抗弁

1  浦和地方裁判所昭和四九年(ワ)第四号(本訴)同年(ワ)第九八号(反訴)事件につき昭和五〇年二月二五日、「亡山崎圭助の共同相続人山崎正清ほか二名は本件被告に対し本件土地につき農地法三条による許可申請手続をなすべき」旨および「その許可があったときは前記仮登記の本登記手続をなすべき」旨の判決が言い渡され、右判決は同年三月一五日確定したので、被告は本件土地の所有権移転につき農地法所定の許可を得て右判決に基づき所有権移転本登記を経由したものである。

したがって、本件土地につき既に権利者被告名義の本登記がなされている以上、その経過にすぎない原告主張の仮登記の抹消を求めることは許されない。

2  本件土地は現況も田であるところ、原告は山崎圭助から本件土地についての買主たる地位を取得したうえ、これを磯部に売却し、仮登記に必要な書類を磯部に交付したのであるから、原告としては磯部が右書類を適宜利用して仮登記をすることに同意していたものである。したがって、この趣旨に従ってなされた布川の仮登記は有効であり、その後の各付記登記も有効である。

3  原告はいわゆる非農家である。

四、抗弁に対する認否

抗弁1の事実は認める。

同2のうち、本件土地は現況田であること、原告が仮登記に必要な書類(山崎の印鑑証明書と委任状)を磯部に交付したことは認めるが、その余は争う。

同3の事実は認める。

第三、証拠《省略》

理由

一、別紙物件目録記載の各土地がもと亡山崎圭助の所有であったこと、

右各土地につき

①「所有権移転請求権仮登記

昭和四〇年一〇月一日受付第二八九九四号

原因 昭和四〇年九月三〇日売買予約権利者 布川保」

②「(右付記一号)

所有権移転請求権の移転

昭和四一年一二月九日受付第四二四六一号

原因 昭和四一年一二月一日譲渡

権利者 細沼徳次郎」

③「(右付記二号)

所有権移転請求権の移転

昭和四八年六月二九日受付第四〇九六六号

原因 昭和四八年六月二六日譲渡

権利者 細沼健一(被告)」

④「(本登記)

所有権移転

昭和五〇年七月三〇日受付第三六六二二号

原因 昭和五〇年六月三〇日売買

所有者 細沼健一(被告)」

とする登記記載がなされたこと、右②および③の付記登記については当該当事者間にそれぞれ仮登記権利の譲渡があったこと、右各土地が現況も田であることは当事者間に争いがない。

二、《証拠省略》を総合すればつぎのことが認められる。

(一)  原告は昭和三九年ごろ山崎から農地法所定の許可を条件として、本件土地を買い受ける契約をし、昭和四〇年初めごろ、磯部留三郎に対し、農地の買主たる地位を譲渡し、同年九月二八日、さきに山崎から受領していた右土地所有権の移転登記手続に必要な書類である同人の委任状、印鑑証明書を磯部に交付したこと。

(二)  原告が山崎から右土地を買い受けたのは、原告主張のような事情によるものであり、磯部に対する譲渡も他に買主をみつけるにあったこと。

三、右認定の事実関係のもとにおいて前記①の仮登記が中間省略の仮登記であって、原告の同意を要するものであったかどうかの点につき判断する。

(一)  農地の買受人は許可前における自己の買主たる地位を保全するため、売買の予約ないし農地法所定の許可を条件とする売買を仮登記原因として、所有権移転請求権保全ないし条件付所有権移転の仮登記をすることができ、買受人が一たん右仮登記を経由した後に仮登記上の権利(買主たる地位)を他に譲渡した場合には、右権利の移転は、仮登記の付記登記をもって公示することができることはいうまでもない。

ところが、右買受人が仮登記を経由することなく、その権利を他に譲渡して、農地の買主たる地位を譲渡した場合には、転得者は買主たる地位を取得する結果として、直接当初の売主に対して右買受人の有していた権利を行使し得る法的地位に立ち、当初の売主に対して直接許可申請手続を請求することができ、その許可があったときは当初の売主から転得者に対して直接所有権が移転することとなるのであるから、転得者は許可前において、当初の売主に対する買主たる地位に基づいて、買受人を経由することなく直接自己の名において右所有権移転請求権保全ないし条件付所有権移転の仮登記をすることができるものといわなければならない。

これを本件についてみるに、布川のためになされた①の仮登記は、布川が、当初の売主である山崎に対する買主たる地位に基づいて、同人に対して直接主張しうる自己の権利を保全するためにした仮登記であるということができるから、実体関係に付合しない無効な仮登記であるということはできず、布川の買主たる地位の取得原因である山崎・原告間、原告・磯部間の買主たる地位の譲渡による権利移転の過程が登記上公示されないとしても、布川・山崎間の前記のような直接の法律関係に基づ①の仮登記の効力に消長を及ぼすものではない。したがって、①の仮登記をもって実体関係に反する中間省略登記であるということはできない。

(二)  農地の売買についての許可というものは、当事者の法律行為を補充してその法律上の効力を完成させるものであって、講学上のいわゆる補充行為の性質を有するものと解されるから、民法総則の定める条件付法律行為における条件とはその性質が同一であるとはいえないものであるところ、右許可は売買の当事者に対してのみなされるものであるから、自己の権利を他に譲渡して買主たる地位から離脱した後においては、もはや、その者のための許可ということはありえず、その者に対する関係で契約が補完される余地はないことになる。したがって、譲渡者には譲渡前と同様の権利利益を有することを主張しうる法的地位はないというべきである。

本件において、原告は磯部に対して自己の権利を譲渡することにより、原告がさきに取得した山崎に対する買主たる契約上の権利一切が包括的に磯部に移転したのであるから、もはや、自己のために売買の予約があること、または、自己につき条件付買主の権利があることを主張することはできず、したがって、その権利を自己のために保全してからでなければ転得者の登記(仮登記)を許さないと主張することはできないものといわなければならない。

(三)  原告は前記のように非農家であり、しかも、《証拠省略》によると、当時不動産業であったことが明らかであること、これに前記認定した原告の買受事情をあわせて考えると、原告は当初から転売的利益を得ることを目的としたものとみるべきであり、自己の権利関係が登記面に公示されることを必要とするとはいえないものであるところ、前記認定のように、自己のために仮登記をしないままで処分し、しかも、売主たる山崎の委任状と印鑑証明書を処分の相手方たる磯部に交付したことは、これによって成立する契約関係が売主と転得者との直接の関係となるべきことおよびその当然の結果として、原告の取引関与が登記面にあらわれないままとなることを了承し、かつ、これに同意した趣旨であると推認される。

この点につき、原告は、磯部が転売して移転登記、代金決済をする際には原告の承諾を得る旨の約定があったと主張し、《証拠省略》によると、そのような約定があり、磯部はその承諾を得なかったことがうかがわれるが、右の約定は、その後に行われる登記・仮登記に際して原告のための登記・仮登記が先行するのが本来であるということを前提とした約定であるとは思われず、原告と磯部間の買主たる契約上の地位の譲渡に伴い、磯部がさらにこれを他に譲渡する際の順守事項を定めた付随的な合意であって、右譲渡の効力自体を左右するものではなく、単に右約定の当事者である原告・磯部間において債権的な拘束力を有するにすぎないものと認められるから、磯部において右約定を順守しなかったとしても、原告・磯部間で右約定違反の問題が生ずることは格別、磯部以降の転得者の権利取得には何ら消長を及ぼさないものというべきである。

右のとおりであるから、自己のために農地所有権移転許可を条件とする権利を仮登記によって保全することなく、他に譲渡した原告は、その後の転得者たる布川名義の新たな仮登記が中間省略登記にあたるものとしてその無効を主張することはできないものというべきである。

四、なお、①の仮登記についてのその他の有効要件の有無は、磯部と布川間の係争か、山崎と布川間の係争において判断されるべき問題であり、この仮登記権利の譲渡を原因として順次②③の付記登記がなされた後は、結局は、山崎と被告間の係争において判断されるべき問題となるのであるが、いずれにしても、原告が本件のように権利の取得移転に関する第一次の中間者たる立場において自己の権利利益を主張する場合には、右の点についてまで無効を主張する訴えの利益はないというべきものであるところ、亡山崎の相続人らと本件被告間の当庁昭和四九年(ワ)第四号(本訴)、同年(ワ)第九八号(反訴)事件につき、昭和五〇年三月一五日確定した判決によれば、右相続人らは本件被告に対し本件農地につき農地法三条による許可申請手続をし、その許可があったときは①の仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をすべきことが命ぜられたこと、本件被告は右により農地法所定の許可を得て前記④の本登記をすませたものであることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、右判決の趣旨は、山崎の相続人らと被告との間では①の仮登記およびその後の付記登記は現在の実体的関係に合致したものであって、右仮登記が無効であると主張することは許されないとするにあり、右両者間には直接の法律関係が成立したものとして、既に解決されたものというべきである。

五、以上のとおりであるから、①の仮登記をもって原告の同意がなくしてなされた中間省略であるから無効であるとして右仮登記およびその本登記の抹消を求める原告の本訴請求はその理由がない。よって、本訴請求を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野本三千雄)

〈以下省略〉

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